夜に溶ける
魔物の影が漏れ出しては消える。 岩陰に淀んだ気配漂う陰気な場所、地流の修行場。 普通の人間は入り口を見つけることすら出来ない。ましてやここは山深く一帯は古くからの霊場、麓の神社が所有する私有地の中心。辿りつくまでまともな道も無いという不便さからか最近は地流の人間ですら滅多に近づかない。 その場所を騒がす者達が居た。 地流の闘神士ユーマ、そして式神白虎のランゲツ。 程度を越し身体を痛めつけるだけの修行。守るべき肉親も、己を支えていたプライドも失い、全てを忘れようとするかのように目前の敵を打ち砕くことだけを念じる。 ある出来事を経てから二人はこの場所に篭り、ただ滅茶苦茶に修行を続けていた。 今までユーマは鍛錬を怠ってきたつもりは無かった。むしろ全てにおいて人並み以上の努力を重ねてきたつもりだった。 だが先刻対峙した青龍使いの闘神士、自分と年はそう変わりはしないと見えた男。 年経た術者ならまだしもこの程度の相手なら自分とランゲツの敵ではない、ユーマはその時思った。 しかし結果は違った。向こうが操るのは明らかに格下の式神だというのに矢継ぎ早に繰り出すランゲツの技が通じない。 「お前では敵わない」 状況が飲み込めずに居る自分に下されたランゲツの言葉。 術者のレベルが全く違う、はっきりとそう言われたのだ。 「………っ!」 あの場を退かざるを得なかった事に怒りで震え歯列が鳴る。苛立ちに任せ拳を岩に叩きつける。 式神の力では圧倒的に勝っていたというのに、自分の力の無さで全く相手にならなかったのだ。 ユーマは己の不甲斐なさに激昂した。 どんな鍛錬をしようとも急激に闘神士としての能力が上がる訳はない。 流派章や勾玉で示される位はある程度は単純な敵の撃破数が問題になる。それは修行場の魔物だったり、格下の式神だったり、何でもいいのだ。 だが、位だけでは表されない、実戦においてのかけひきとなるとそれだけでは済まない。どれだけ戦いの場数を踏んできたか。攻め時、引き際、戦いの場をどれだけ有利な状況に持ち込むか、それらも重要な要素となる。 それらはランゲツがある程度ならユーマに教えることが出来る。実戦が一番良いに決まっているが知識だけでも全く無いよりはマシだ。 しかし印を切り神操機を操り闘神符を使う為の能力、体を流れる気の量やそれを練り上げる力はそうはいかない。時間さえあれば、例えるなら筋肉と同じように修行を重ねる事で身体に通る気の強さや量を増やすことは出来る。だが個人の才覚や力によってその限界はまちまちだ。 恐らくユーマに最も足りないのはそこだ。能力が無いわけではない、だが年相応、経験相応程度の力しか今は無い。 あの闘神士に対抗できるだけの力をすぐに得るには普通のやり方ではどれほど修行しようとも叶わない。ユーマもそれが分かっているからこそ焦っているのだ。 ユーマは己の式神に問う。何か方法は無いのか、と。 そして、ランゲツは口を開いた。 「お前の身体に通る気の道を開く方法は……無くも無い」 「何だ!どうすればいい!」 「……………」 常より寡黙な式神とはいえ、ランゲツらしからぬ歯切れの悪い対応にユーマは顔を歪める。 「ランゲツ!」 「……………逆式の呪法は聞いたことがあるな」 「……ああ」 その名にユーマは眉根を寄せる。 「それに近い方法だ。禁呪とされてはいないのだろうが、……人間にとって外道の一つではあるのだろうな」 そう言った後ランゲツは静かに哂った。 逆式とは式神を人間の身に取り込む禁呪。 式神の力を人の身に取り込む術法は外道とされる。流派、そして目的を問わず、だ。 あくまで人として式神を操る、それが闘神士。 かつて人の身を棄てて式神の力を手にした者が居たという伝説、いや言い伝えがある。闘神士の心得を解く説話に近いものであるから何処までが真実か定かでないが、つまりはこうだ。 『人の理を棄てた者には破滅しか訪れない』 どんな真っ当な理由があろうとも人間であることを止めたなら、人の世から追われ、式神の列からも外され、いずれにも身の置き所は無くその果ては闇に喰われるしかない。そんな話だ。 嘲笑を誰に向けたのかは分からなかったが、ランゲツは口の端を上げ哂いながら言った。 「お前に儂の気を通し、お前の身体の気の流れる道を開く」 「………その事で、俺は強くなれるのか?」 ユーマはランゲツの態度が気に入らないのか憮然と言い放つ。 「……上手く行けば、だ。運が悪ければ神気に堪えられず死ぬかもしれん」 そう言って再びランゲツは哂った。 人の呼ぶところの忌式、そんなものまで持ち出して何をしているのかと、己を哂ったのかもしれない。 神気を一時的にとはいえ身体に通して無理矢理に気の流れる道をこじ開ける。この術法を行った事が外に漏れたなら恐らくは地流の禁忌に触れているとも取られるだろう。 ユーマは思う。今でさえランゲツを従えていることで地流の中煩わしい事が多い。外からの雑音など恐れるものでもないが、決まりだのしきたりだの持ち出されて動きづらくなる厄介は御免だ。 「止めるか?」 黙ってしまったユーマを見下ろしランゲツは言った。 「………ここだとまずい。別の………誰も来ない場所を探す」 意外な、いやある意味予想通りの返事を返されランゲツは目を細めた。 「どうするのか、方法を聞かないのか?」 「…………何か特別な術具でも必要なのか」 「いや」 「場所は心当たりがあるが、必要なものがあったら先に言え」 それだけ言ってユーマは黙ってしまった。 苔生した岩の道を越え、木々の間立つ標を辿り、瀬を飛び辿り付いたのは霊山深くに在る地流の修練場。 地流の結界に重ねて隠匿の符を使い外部からの干渉に細心の注意を払う。その上でユーマは真水で全身を清め術を行う準備をする。 日の落ちた後、夜の闇の中で術式は行われる。 「………………ランゲツ」 岩壁に包まれた洞窟の中。油を含んだ布が燃える明かりがゆらりゆらりと風に揺れて二人の姿を弱々しく浮かび上がらせる。 体躯の全く違う二つの影が立っている。 一糸纏わぬ姿でユーマはランゲツを見上げ挑むように睨む。 ランゲツの手が伸びユーマに触れる。 びくり、とユーマは驚く。 悟られぬように小さく笑うとランゲツはユーマの顔に触れ目を閉じさせる。 「…………苦しければ声を上げればいい。誰からも見えはしない」 「何を…………っ!」 びくり、とユーマの身体が跳ねた。 脚の間をランゲツの指が這ったかと思うとその指がユーマの尻を割った。 「っ!」 指が尻の肉の間の窄まりを弄る。手には油が塗られているのか肌の上を滑る感触がする。 きつく閉じている肉の窄まりに油が塗りこまれる。 「………んっ………」 ユーマは知らないうちにランゲツの身体に縋り付いていた。 指は執拗にその場所を弄り、やがてユーマの中に挿れられる。 「………ふ…………っ………」 ユーマは震えながら赤くなる。これは術式なのだと思っていても羞恥心は止められない。 無骨な指が動くたびにユーマの身体が震える。 「ん………………」 ユーマは他人に触られたことの無い場所を弄られる違和感に眉根を寄せる。 ランゲツの手がユーマの腰から離れてユーマは無意識に安堵の息をつく。 しかし次の瞬間全身が冷えた。 「あ…………!」 ユーマは息が止まる。 ぞくりとした、腰に当てられたものに。 自分の中に、ランゲツは、……を。 「………………つっ!」 背筋が震える。それを無理矢理押さえ込むようにユーマは唇を噛む。 ランゲツの腰で起立する熱い塊が身体に押し当てられ、そして。 「……っ!」 ぎりっ、と軋む音がした錯覚。焼けた鉄塊でも押し付けられたみたいな感覚だった。 「あ、あぐっ………」 ユーマは堪えられず腕を預けているランゲツの身体に爪を立てる。口から漏れ出すのはただ呻きだけ。 内側に進んでくる剛直に痛みとかそういうものを感じるよりも先に突然視界が赤く染まりそのまま闇に転じる。下半身の感覚が無い。目を擦ろうとしたが四肢がまるで鉛のように重く指先すら動かせない。 「む………………」 ランゲツが震えた。余りにもきつく狭い場所に絞められてユーマの内に全部埋まり切らない内に精が放たれる。 「………………っ!」 ユーマの声にならない悲鳴、身体の内側が灼ける。 深く無い場所で溢れた精は外にも流れ出しどろりと内腿を伝って肌を降りていく。汲み上げられた気はユーマの身体に絡みつく。 熱い体液に身を焦がされる感覚に成すすべもなく無に落ちていくユーマの精神。意識の上層からは獣の唸り声が聞こえた気がした。 初めての行為は酷いものだった。 訳も分からずにただ苦しいだけで、目を覚ますと全身はガタガタ。指先さえ動かすのが億劫で、骨は軋み肉は悲鳴をあげ、起き上がると目の前に火花が散る。 最悪だ。 保存が効く乾いた食事と僅かに持ってきた水で空腹を満たすとやっと身体の感覚が感じられるようになった。 身体が、熱い。 何度か繰り返し、繰り返し。そのうちに身体に染み付き、馴染んでいく感覚。それと同時に確かに身体に力が流れているのが分かった。目を覚ます度に身体の中を流れる何かがはっきりと分かるほどに違っていた。 身体がまともに動くようになりユーマは修練場に入る。 異界より漏れ出してきた魔物を相手に印を切ると確かに以前より身体が軽く感じる。 ユーマは、おかしそうに笑った。 空腹を、精で充たすほど気が馴染んだ頃。 青白い光が修練でやつれた身体を夜の中に浮かびあがらせる。 月下、土と樹木の在る場所。 「今日で満願か」 何度か繰り返された行為。 服を纏わぬ姿でランゲツの身体に絡むユーマ。その口がランゲツの精を啜る。 「ん………………」 喉を落ちて行く精が身体を焼く。 おかしい。今までと違う。 鼓動は早鐘を打ち次第に息が上がる。熱でも出た時のように身体は気だるく、動きづらい。その熱さと疼きが下半身に集まっていく。 肌を撫でる薄ら寒い夜の気配の元、獣毛に覆われた体躯がユーマを抱き留めて持ち上げられる。そのままランゲツの腰の上に跨らされた。 「………う……」 自分の腰の下では逞しい肉が脈打っていて、それがゆっくり、ぬるり、ぬるりと尻から前に向けて蠢いている。 その熱を意識してしまう、恥ずかしい。 今まではこの行為を只の術式としか考えていなかった。だからこそ痛みに堪える程度の認識で繰り返して来たのだ。 そもそもユーマにには男同士で行う性的な行為というもの自体への認識が無かった。 若い、いや子供だからか。 だからこそユーマは自分の変化に戸惑っていた。 熱い、身体が。 「あ…………」 頬を染めて息を吐く。 軽く痺れるような感覚。それが何処か心地よく、そして淫らに感じた。 「…………う」 おかしい、こんな事など有り得ない。 そう思いながらユーマは唇を噛み爪を肌に食い込ませる。漏れ出しそうになる声を必死になって殺していた。 「ユーマ、堪えなくてもいい。お前が感じたことを全て受け容れろ」 途端ぼっ、と火が点いたように肌を染めるユーマ。 全て悟られていたのだ。悟られまいと声を殺して堪えていたのに。 「コレは…………、なっ……何でもな…………」 「…………お前の身体は、正直だな」 ユーマの股間で勃ちあがったものを獣の手が掴む。 「…………はっ、離せっ!」 己を恥じてランゲツの手を押し退けようとユーマはもがくが根本的に体躯が全く違う。まさに抱えられた子供だ。どうすることも出来ない。 「んっ………!」 扱かれるのが気持ち良い。自分でしかしたことがないその行為を他人の手で暴かれる事が酷く恥ずかしい。 逃げ出したいほどの恥ずかしいのに身体に力が入らない。全部触れられた場所から吸い取られていく。 「…あっ………うぁっ………!」 指の腹が剥かれたユーマの先端を捏ねた。 びゅっ、びゅうっ。 快感の証を為されるがまま吐き出さされてユーマは赤くなって震える。 「んっ………………」 その粘液質の体液が絡みついた指をランゲツはユーマの口元に運ぶ。小さく開かれていた口元から指は入り込み口腔を犯す。 「お前の内を流れる気を感じろ、そして儂の気の流れと併せるのだ」 さっきまで啜っていたランゲツの精とは違う臭気にユーマは目を細めた。 ユーマの胸元をランゲツの手が滑る。敏感に勃った胸元に指が触れるとユーマは身を震わせる。 触れられても居ないのに再び股間に血液が集まってくる。 二人の間を流れる何かかゆっくりと絡まっていくような感触に頭がぼおっとした。 「ん………はぁ…っ……………」 ランゲツの指から開放されて口で大きく息を吸うユーマ。だがすぐに息は浅くなる。 指が、ランゲツの指がユーマの脚の間に触れていた。 ゆっくりとその場所を指の腹で揉むように触れられてユーマは肌を赤く染めた。 腰の下で脈打っていたランゲツの肉柱。先程まで自分が口付けていたその先端を尻の間の窪に、熱く濡れた先端をあてがわれて。 ぞくり、身震いした。 「………はっ………入らな………………っ………」 ユーマは今まで見せた事の無いような顔で、涙を溜めた目で掠れた叫びを放つ。 異物が入るなど考えたことも無いような場所に挿入されようとしている肉の起立。行為を繰り返してきたはずなのに今はそれが信じられない。 あてがわれたそれに全身がガクガクと震え息が乱れる。 震えるのは恐怖からなのか。 それとも、挿れられようとしているソレの逞しさに体躯が狂喜しているのか。 「………うぁ…………」 ユーマの怯えなど意に介することなく、ゆっくりと肉の輪を押し広げて沈み込んでくる剛直。 今までのように意識が真っ黒になってただ痛みに堪えていた時とは違う。ぐるぐると沢山の感覚が頭の中を回る。 壊れる、裂ける。熱いのが身体を広げていく。 もう分かってる、もう少しで全部入る。 おかしくなる。頭の芯が冷える。 嫌だ、壊されていく、身体も、心も。このままどうにかなる。 なのに、どうしてこんなに。 「………………あぁ……あ…っ………ランゲツ………っ………!」 身を焦がすような興奮に声が出る。 何にも許されはしない行為に溺れるかのように浸る背徳感。全身から力が抜け感覚が下半身にばかり集まる。 一番太い場所を飲み込み括れまで身体に収められユーマはゆるゆると息を吐く。だがランゲツは休むことなど許さないとでも言うようにそのまま柔肉を引き裂く。 「はっ……はっ、はあっ……!あぁ…………!」 ユーマの声。 整わない荒い息が耳朶を震わせるのが心地良い。 細い身体が。 まだ幼さすら残る細身の筋肉質の身体が自分にぶちこまれて喘いでるのを見ると。 いいぞ、と身震いする。 獣の交わり。 相手の血肉までも喰らうような淫行。 今までの、痛みに堪えるだけの相手を犯すのとは違う肉の交わり。 泣きながら縋ろうとしてくる手を掴んで、身体を荒々しく揺さぶり、そして掌を包み込む。 きつく締め付けてくる尻肉はまるで蜜壷の様に甘く、熱い。 時折上がる悲鳴と嬌声。 「あ、あ、あ………………!」 ユーマは悲鳴を上げる。 言葉になどならない。 腹の中で蠢く他人。 それが深くまで探る度に全部さらけ出して、犯されていると感じる。 何もかも全部。 涙が流れて、自分では押さえられない声が漏れて、四肢の力が抜けた身体はされるがまま突き上げられる。 痺れる。頭の芯から。全部が支配される。自分が剥ぎ取られる。 そんな全てが空っぽにされるような感覚に手を伸ばすと。 熱い掌が包む。 そして流れ込んでくる。 「…………っ!」 突然身体を持ち上げられて身体からランゲツが抜け落ちそうになる。 何を、と思った時ランゲツの牙が肩を辿った。 甘く肌を噛み、舌が皮膚をざらりと撫でる。 貫いていた剛直の先端が焦らす様にユーマの窄まりを突いては抜けようとする。 「あ………………」 焦れる。 挿れられる訳でもなく軽く咥えさせられた肉に。 腰が動く。 甘咬みしてくる牙と背を抱く爪はいつ皮膚を裂くか分からないというのに。 ランゲツは嘲う。 「ユーマ、自分で………………」 全部は言わない。だが言われてユーマは一層肌を赤く染める。 「………………っ」 ランゲツの牙が肌を離れる。 ゆっくりと自分で腰を落とす。 「………くぅ………っ………………」 入って来る。引き裂かれる。 奥まで探られる。 ゆっくりと脚の間に沈みこんでいくランゲツの身体。一度全て飲み込んだ場所は先刻よりは簡単に全部を受け入れた。 だがユーマは自分で全部咥え込んだという興奮を頭を充たして全身がビリビリと震えていた。 軽くランゲツの手が触れる。 「………っ!」 身をよじるユーマ。 全身が感じる。触れられただけでもう、マズい。 「………ユーマ」 短く呼ぶ声。 ランゲツはユーマの身体を抱く。 弱い体、脆い肉。 ……力を、与えたいと思うのは。 「………………ユーマ、お前は力が欲しいか」 「……………!」 突然投げられた問いかけに必死で顎を引き肯定の意を示すユーマ。 前を向く、進む。短い命で、限りある力で。 その魂と共に歩く僅かな瞬間。 眩く、儚い。 「ランゲツ………俺に……っ…………!」 はあっ、と息が漏れて言葉は続かない。腰を抱えられ動かされると下半身の感覚が飛びそうな程感じる。 溶け出しそうだ。 それでも身体はランゲツをきつく咥え込む。 いやらしい音を立てながら肉が擦れる。 「ん………ふぅ………あ………っ………」 肉穴を熱い剛直で広げられているのが堪らない。そして深くまで突かれるのも。 この後どうされるか、分かっている。 分かっているが、今こんなに感じている状態で中で放たれたら。 どうにもならない予感にぶるっ、と背筋が震えた。 おかしくなる。 もっと硬くなる。そして深々と抉られて、そして。 来る。 「っ!」 ひくっ、と言葉にならない息が漏れ、びくっ、びくびくっ、とユーマの身体が痙攣する。 「あっ………あぁ……あぁぁぁ………………っ!」 切ない悲鳴。 身体のなかで迸る体液。精はひどく熱く感じられて内側から火傷しそうだ。 それが意識までも沸騰させて。 「んはっ!」 びくっ、と再びユーマが跳ねる。 快感が駆け巡る。 濃い精液が勢い良く飛び出していく感覚が全身を痺れさせる。 全部吐き出す。いや、中に沢山放たれた分、押し出される。 「や………あぁぁぁぁっ!」 嬌声を上げてユーマは達する。今までに無い反応。 「さ、触る………んんっ………!」 ランゲツはユーマの性器を扱いて最後まで搾り出す。 ユーマはびくり、びくりとランゲツの手の中で全て放つ。 黒い獣毛で覆われたランゲツの身体にユーマの精がこびりついた。 「………ふ…ぁ……………ぅ…………」 絡まったものがゆっくりと解けて行く。全て失って放心したユーマはランゲツに抱きかかえられたまま動けずにいる。空ろに開いた目からは涙が落ちた。 このまま精が馴染むまで暫し、挿れられたまま時を待つ。 今まではそうだった。 だけど今は。 「………………あ」 ユーマは頬を赤くする。 挿れられていると思うと酷く恥ずかしくなって、感じてきて。 「………いま一度、欲しいか?」 考えを見透かされたように上から声が降ってくる。 ごくり、息を飲む。 全身が得体の知れない感覚に震えた。死んでしまうかもしれないとも思った。 「………………………」 なのに、こくり、と。 ユーマは小さく頷いた。 京都。追ってきた青龍使いを見失ったものの先に取り逃がしていた天流の白虎使いとの再戦となり、前以上に力を増したユーマとランゲツに事は有利に進んでいたはずだった。 しかし、突然の閃光が走った瞬間に全てが狂った。 「ランゲツ!」 ユーマは何が起こったのか分からなかった。いや、この場に居る全ての者が同じだった。 百鬼滅衰撃を放ち全ての力を使い果たして倒れ伏す天流の白虎、それに止めを刺そうとしたランゲツ。 その大きな姿が突然彼方に吹き飛ばされたのだ、あまりにも一瞬の事で何が起こったかなど誰にも分からなかった。 「……!」 ランゲツが吹き飛ばされる音に思わず伏せていた目を見開き眼前の風景を確かめる天流の白虎使い。 目前には地に伏したままの白虎の式神。だが自分の式神から伝わってくる何かの鼓動と低い唸り。 呼びかける声を出すよりも先に式神の異変が顕になる。 白虎に覆い被さるように宙に浮かび上がったのは巨大な獣の影、紅い光を纏ったそれはゆらありと気味悪く立ち上がった。 闇の底から湧き出したかのようなその影は寄る辺なく佇む。全身が夜を着込んだような暗い姿なのに眼だけがいやに赤く光っていて酷く不気味だった。 その巨大な、凶暴な姿に見る者全てが言葉を作れずにいた。 「なんだ………これは………!」 呆然と其の影の巨大な姿を見上げながらユーマはただそれだけしか言えなかった。己の式神を吹き飛ばしたのは恐らくこれだろう。 「これは………」 ランゲツは立ち上がると同じく影を見上げる。 影の咆哮に大気がびりぴりと震えている。 「これは………まさか………!」 咆哮の為ではなく。ランゲツの声が、全身が、抑えることも出来ずに震えていた。 その場に居る者誰一人として動けずに居る中、何かを探すかのようにゆらゆらと頭を動かしていた影の眼が一際紅く光った気がした。 途端、獣は凶暴に暴れ始めた。獲物を見つけたのだ。巨大な体躯の影は眼下の小さな敵を弄る様に腕を振り回す。 黒い爪がランゲツの身体を引き裂く。ランゲツは避ける事も出来ずに攻撃を受け続ける。 再び土煙を上げてユーマの遥か後方まで吹き飛ばされるランゲツ。 「………うぁ………あ………」 ユーマは吹き飛ばされたランゲツを見やる。 ランゲツが全く敵わない。信じられない光景に身体がすくむ。 「なんて………力だ………………!」 ユーマは正体が分からない影を見上げながら呆然と言葉を吐く。が、すぐ正気に返ってランゲツに走り寄る。 「ランゲツ!」 「儂は退かぬ!」 言葉に出していないユーマの考えを読むかのようにランゲツは吼えた。 劣勢は明らか、冷静なランゲツの言葉とは思えなかった。 天流の白虎に対する意地か、それとも。 己が退けばユーマは敗れたという事になる、それを由と思わなかったか。 ―――――地流のミヅキが割って入らなかったなら、ランゲツは恐らく命尽きるまででも戦っていただろう。 頭一つどころか周囲の建物から飛び抜けて高く作られたそれ、天に伸びる歪な姿をした建築物。 普通なら四角、そして直線で作られるビルの外廓。二つ並ぶ高さの違う建物が対となり一つの円柱型になっているだけでも特徴的だが、まるで巨人が捩じったかのような形で複雑な空間が間に開き、そこを二つのビルを結ぶ渡り廊下が走っている。 デザイン性や空気の流れの関係などがビルの麓には申し訳程度に説明が書かれているが、表向きは巨大会社の本社ビルであるここに興味本位で立ち入れる者は居ない。 自然界の中では捩れ、歪みが当然の物として存在するが人工物には通常用いられはしない。それをあえて形の中に取り込んで造られたその建造物は地流宗家の本拠地となっている場所。 それは都市の中に紛れ込む異界。 結界に包まれた部屋。ビルの中の一室である筈なのに地の果てが見えないほどの空間。目に付くのは宙に浮く無数の木枠の格子、それは又別の空間へと繋がっている。 ありえない場所、地流の結界。 部屋、いや、空間の中央に蠢く影があった。 ユーマ、そしてランゲツ。 石机に置かれた神操機を虚に立ち尽くしたまま見つめるユーマ。傷ついた身体を地に横たえるランゲツ。 こんな人工的に作られた結界の中でなく、できれば自然物で作られ霊脈が通る場所へと連れて行きたかった。 だが今のランゲツを動かす事は出来なかった。ランゲツの傷は深く、そして、無理をさせてでも場所を動かす権限も持ち得なかった。 自分には力があると信じてきた。 自分とランゲツとなら、何者にも負けないと信じていた。 だがどうだ、天流の白虎使いが失われて久しいという秘術・大降神を繰り出したが為にランゲツは深く傷付き、他人の手を借りて逃げ帰るしかなかった。 無残だ。 自分はあまりにも無力だった。 ランゲツは式神として並び立つ者などいない強大な力を誇る。だがそのランゲツが負けた。理由はただ一つ、術者の力の差だ。 自分に大降神が、同じ技が使えたなら、決してランゲツは負ける事など無かっただろう。 自分の弱さに反吐が出る。 「………ランゲツ」 ユーマは横たわるランゲツの傍らに立つ。 「………………済まない………っ!」 震える声。 忌術を使って自分に力を与えた事、まだ今は自分とランゲツの間にその形跡が残っている。 「まだ暫くは式神や術者に探られたなら形跡を悟られる恐れがある。我等に近付かせるな、そして見破られるな」 ランゲツは言っていた。 クラダユウによる治療を断ったのもその所為だ。 「俺達に構うな!」 本当なら、何に頼ってでもランゲツの傷を治したかった。 ……自分の所為で、ランゲツは傷付いた身体のまま横たわっている事しか出来ない。 膝を付き、ランゲツの傷付いた身体に触れる。 自らが思う道を進むが為に兄弟とも決別し、差し伸べられる手を幾つも振り解いた。 共に進むお前が居ればいい、と。 決して負けない事で、ランゲツが己と共に戦うという信頼に答えていたつもりだった。 だが戦いに敗れ、自分の為に、自分の所為で深く傷付いた相手に。 何をもって償えるというのだろう。 虚ろで、悔しく、そして不安だった。 「…………ユーマ…………」 はっ、と顔を上げるユーマ。 「…………ランゲツ…………!」 あれから深く眠り続けていたランゲツが始めて目を覚ました。 「いや…………喋らないでいい…………」 ユーマはランゲツの腕に触れる。 「すまない………俺は……………」 言葉が続けられなかった。 「ユーマ、何も言うな。この傷は儂の不甲斐なさ故で受けた傷。お前が気に病む物では無い」 ユーマは咄嗟に言い返す。 「お前は俺の式神だ…………!」 そして深く、深く息を吐いて言う。 「お前の傷は、俺が付けたのと同じだ…………」 「……………………」 沈黙が流れた。 「ずっと、此処に居たのか……?」 ゆっくりと喋るランゲツ。 無言で頷くユーマ。 ユーマは気が付いているのだろうか。自分が目を覚ましたのが分かったときの嬉しそうな顔、そして言葉を呟く酷く不安げで年通りの幼い顔。いつもの自信に満ちた姿からは想像も付かない、恐らく他人に見せはしない姿を今は晒していた。 それだけ心配していたのだろう。幼子の様に、純粋に。 ゆっくりと持ち上がる無骨な大きな掌、それがユーマの頭を包む。 「……………誰からも、見えはしない」 この空間にも地流の監視の目は光っている。だが掌で隠されて、ユーマの顔は僅かな影に包まれる。 こんなになってもランゲツは自分の事を気遣う。 暖かかった、言葉も、手も。 そして、それが辛かった。 「………っ………………………!」 震える肩。 「ランゲツっ…………!」 ユーマは必死で言葉を紡ぎだす。 人の望みは儚く、人の生は脆い。その中で足掻き、地を這い、涙を流す数多の人間。 戦うことで叶う望みの為に呼ばれそのために血を滾らせる、人の世と冥く関わる神霊たる存在。 交わされる時など僅かな刹那だというのに、喜びも、悲しみも、魂全てを己に預けてきた幼き人の子。 高い光を掴もうと手を伸ばし続けるのは傷に汚れたぼろぼろの手足。それを自分に晒して彼は言った。 「俺は強くなりたい。その為に、お前の力が欲しい」 その誓いを守るために無心に前だけを見続ける人の子。 だが今は打ちのめされ、傷付いている。戦う為に居る存在の自分が傷付いたことに泪を落としている。 信頼という言の葉を負った白虎の眷族。ユーマという契約者は運命によって邂逅した人間だと信じている。 己の式神は何者にも負けないと、無垢に信じ続ける信頼に答えられなかった事が身体の傷よりも辛く感じた。 お前を守ると、こんな細く小さな手足で地を往く彼に。 いつか自分は望みを叶えてやれるのだろうか、そうランゲツは思った。 震えるユーマの手足。 「………俺は………………もっと強くなる………………!」 何度も誓ったはずの言葉、その誓いはいまだ叶わない。 手の中で落ちる雫。 自分に、相手に誓う。もう決して傷つけはしないと。 悔しさも、やるせなさも、この瞬間全てを胸に刻みつけて決して忘れはしないと。 そして。 敗れてしまったらまたこの温度も、いや、全てを失ってしまうのだと。 その事を秤にかけてでも、何の為に戦うのか、何を求めて強くなるのか。 ユーマはもう一度己の胸に刻みつけた。 ◆ TOP 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