唖唖
自分の式神が何となく弱っているのは気がついていた。 だが自分の式神はそんな事を自分から口にしよう筈も無く、原因を取り除こうにも心当たりが無い以上どうすればいいのか全く分からずほとほと困り果てていた。 弱っている理由は何か。 「お前には心当たりは無いか?」 神妙な顔で額がぶつからんばかりに顔を寄せて来るショウカク。自分の式神に聞かれたくないのか小声なだけでなくご丁寧にも自分の神操機を長持に仕舞い込んで上から封までかけてある。 部屋まで呼ばれて何事かと思えば……、とタイザンは胡坐姿で額を押さえた。 「……頭痛か?」 「一寸な………」 部屋の主、ショウカクは怪訝そうにタイザンを見たが、相手は何時もの通り何を考えているのか分からない笑顔で取り繕ったのでその真意は推し量れなかった。 目の前の男、タイザンの感情がいつでも見た目通りでないのは分かっている。だから相談する相手としてあまり適しているとは言いがたいのだが、考え抜いた結果タイザンに白羽の矢が立つ羽目になっていた。俗に言う消去法での人選だったが。 「………で、どう思うタイザン?」 一通り状況を説明したショウカクはタイザンの顔をじいっと見る。 元気が無いのならモカと栄養ドリンクでも飲ませとけなどと果てしなく適当な事を口走りそうになるのをタイザンはじっと堪えて表情を取り繕った。第一それは眠気覚ましの薬だ。………いや、眠気………。 「………何だその目元の小じわは」 何事か考え込んでいるタイザンにショウカクは言った。 細目のタレ目のくせに人のことをよく見ている。タイザンは更に慌てて表情を作った。それとシワ言うな。 「いや、ちょっと疲れていてな。それよりも確かに心配だな」 何て胡散臭い笑顔だ、ショウカクはそう思ったが勿論口には出さない。相談に乗ってもらっている以上いくらなんでもそれくらいの礼儀は心得ている。 一寸くらいは表情にウソをつかせろ、タイザンはそう思いながら目の前の人物に笑顔を向ける。完璧かつ爽やか過ぎて何処からどう見ても作り物です本当に、と注釈を付けたくなるような満面の笑みを。 物凄く微妙な雰囲気になったところでタイザンはとっととこの場を切り上げようと口を開いた。 「ショウカク、それは恐らくだが気力が不足しているのではないのか」 「む?」 胡散臭がっていた所に意外にまともな答えが返ってきてショウカクはいささか面食らう。 「気力……と言っても。私の気力が足りていないという事か?」 「今のお前の気力というより……式神は闘神士と契約すると闘神士より気力を得て力とするが、私たちのように闘神士が長い時間封印されて眠っていたとなると当然式神はその間気力は受け取れない。つまり今気力を送っていても、元々の体力が長い間に目減りしてしまったと考えたらどうだ?」 「ふむ、一理ある」 長ったらしくソレっぽい講釈にショウカクは素直に感心して頷いた。 「ならば修行でもすればいいのだろうか……」 難しい顔で頭を捻るショウカク。 タイザンはちらりと符が張られた長持を見る。その封は恐らく完璧でこちらの様子など中には全く分からないだろう。 「いや、足りていない気力を与えるのだからつまり………」 部屋に他に誰が居るわけでもないのだがタイザンは声を潜めショウカクの耳元で囁いた。 「………………?」 合点がいかない顔をしているショウカクにタイザンは再び何事かを吹き込む。 「………………!」 赤く、というよりは見る見る青く、そして土気色になっていくショウカクの顔色。 タイザンは立ち上がる。 「だがこのままでも特に障りはあるまい」 「………………」 「それでは私は行くぞ。あちらでの仕事もある、ここでそう時間を取ってもいられないのでな」 「………………………」 黙りこんでしまったショウカクを尻目に、タイザンは服でずりずり床を磨きながら行ってしまった。 「………………………………………」 そんな様子も見えていないのか、ショウカクは難しい顔をして座り込んでいた。 沈黙、沈黙、重苦しくただ沈黙。 どうしたものかと思い悩んでいるうちにその夜はとっぷりと更けていった。 泥沼にどっぷりとはまってしまった思考を引き上げるのに一晩。 翌日ショウカクが封を解くまで長持の中に突っ込まれたままだった神操機の中の式神、大火のヤタロウはいたく不機嫌だった。 姿を現さないからといって神操機にぎっちりと詰まっているわけではなく、一応周囲の様子を見たり一応闘神士を暇つぶしに眺めてみたり一応周囲を警戒してみたりしなかったり、とにかく閉じ込められたままなのは気分のいいものではない。 説明も理由も無く突然閉じ込められたのだから文句の一つ位言ってやろうかとも思っていたのだが、封を解いたショウカクの様子があまりにもおかしかったのでとりあえず言うのは止めた。むしろ歩くのに集中させないと伏魔殿の隙間のガケからどこか分からない場所へ落っこちそうな勢いだった。もしくは宝箱のテレポーターに引っかかって『いしのなかにいる』とかクリティカルで首を確実に刎ねられそうなそんな有様。とりあえず一寸落下しただけで死亡する洞窟探検家でなくて良かったと思う訳だが。 そして夜。ヤタロウは完全役立たずの闘神士のお守りに疲れ果てた所で何故か呼び出される。 何事かと思いながら降神し姿を現すと、そこには単一丁に袴穿き、まぁ要するに髪を下ろして下着一丁程度の服しか着ていないショウカクが神妙な顔でデカい布団を敷いてその横に座っていたと思いネェ。しかも平屋建ての平安屋敷で布団だけ妙に現代風。コレ何処の中途半端な休憩専用宿泊所っていうか何のエロゲー? |
「……………………」 ヤタロウは状況は飲み込めなかったがとりあえず桃色の栞ルートに迷い込んだらしい事は何となく察した。一体何のフラグが立ったらこんなとんでもない事に。 そんな事を思っているヤタロウを知ってか知らずか、ショウカクはぼそぼそぼそと呟き出す。 「………………………………………………」 とりあえず分かった。 フラグというか、アレだ、ショウカクお前は騙されている。 あのタイザンという男、胡散臭いとは思っていたが一体何を考えて……、とふと気がつくと平安屋敷で隣の部屋との境に何故か襖。几帳とか格子とか妻戸ではなく何事も無かったかのように襖で仕切られた部屋。そしてその隙間からどう見ても人の視線。 鴉とは普通夜は苦手な鳥目を持っている訳だが、ヤタロウの場合その紅い眼鏡こと標準装備の赤外線暗視ゴーグルで闇夜のカラスでも大丈夫。襖の向こうの人影も全部すべてまるっとどこまでもお見通しだ。 「よし間に合った。これから面白くなる所だぞオニシバ!」 「旦那……アンタ暇なんですか………」 「忙しいに決まってるだろう!だから息抜きが必要なんだ」 「そんなの家で黙って寝ていて下さいよ………」 聞こえてくる悲しそうな呟きに同情する。基本的に式神は闘神士に逆らえない上にオニシバのような犬の性質の式神では何を言われても反論もぐうの音も出まい。 ここで画面がぴたりと止まり、いきなりプルーバックのデジタル文字が現れる。 |
自販機やお金入れる箱や切り替えスイッチが見つからなかった場合は後日オフ本になった時にでも通販してねって事でどうか一丁宜しくお願いいたします。 |