行合の空
式神とて何も喰らわずに生きているわけではない。 気力、主には己の主である闘神士の気力だが、それ以外から糧として得る事もある。 闘神士の長い眠りを経ての再びの降神、そして四大天の力を操るという技。 気力は、幾らあっても足りなかった。 自分の式神が気力に飢えている事は知っていた。 だがショウカクにもこれ以上はどうすることも出来なかった。 時間が経てばゆっくりではあるが自分から流れ込む気力によって回復する。今はただ待つしかなかった。 だがやがて天流地流宗家との戦いが待ち受ける中、そんな事をしてはいられないと考える者もいた。 ―――喰って精でも付ければいい。 そう言って受け取った紙片を挟んだ木簡を土に投げると。 ゆらり、御所の庭先から何かが立ち上がった。 手招きに応じるその影は黒い羽持つ式神がよく見知った姿をしていた。 伏魔殿の中で式神を降神し形を持たせるのは気力を消耗する。だがここ、神流が居を構える御殿とその周囲は別だった。 神流の主たる人物の力満ちるこの場所では四季が入り乱れ、式神は自由に姿を表し、そして闘神士とも離れて過ごすことが出来る。 伏魔殿の警護に当たる役目であるショウカクは自分の式神を伴い他所の地へ赴こうと考えその姿を求めた。 元々不要な時に姿を現すことも無い自分の式神、それが神操機の中に居ようと外に居ようと大して気にする事でも無かった。だが警護の役に当たる時となれば話は別だ。 御殿から離れようとしたその時に初めて自分の神操機の内に式神が居ないことに気がつきショウカクは僅かに驚く。ガシンの伴う奔放な青龍の式神ならともかく、自分のあの式神が黙って神操機から離れるとは、と考えたからだ。 いや、自分に何も告げずに姿を消したというのはそう驚く事でもない。ただ、あれは自分の言う事に従わないにしてもそれは奴なりに役目を果たそうとする為であって、つまりあの式神は己の負った役割にもっと忠実だと思っていたから、だから驚いただけだとショウカクはまるで何かに言い訳でもするかのように思い直す。 神操機に触れ式神の場所を探る。そして御殿の片隅にある閨の中にその気配を見つける。 戸も簾も閉じられた室の中に在るという感触。 ショウカクは何故あ奴はそんな場所にと思いながらもその一角へと向かう。 近づくと声が聞こえた。 何者かと一緒に居るのかと少し驚く。この御殿の中は人間も式神もそう数多くない。 誰か、とふと思う。 自分の式神が自分の居ない所でどうして居るのか、全く興味が無いといえば嘘になる。 室の前まで来ると何の偶然か、廊下と部屋を仕切る板戸が完全には閉じきって居なかった。僅かに開いた隙間、中の者達は自分には気が付いてはいないようだった。 ショウカクは戯れにその隙間に目を凝らして中を覗き見た。 目の焦点が合う、二つの姿。 ―――中に居たのは衣を着崩した何者かと、自分の式神のヤタロウ。 白い背中が蠢き、その腕がヤタロウの身体に絡む。 後悔する。 異様な雰囲気、いや、見てはいけないものだったかもしれない。 そこにあったのはヤタロウが何者かから気力を喰う姿、肌を合わせ精を得る姿。 それが目の中で像を結び頭の中へと叩き込まれる。 だがその事実よりも、ショウカクを戸惑わせたのはその相手の姿だった。 人の居ないこの御所で何者から精を得ているのか、そう思いながら人の姿に目を遣る。だがその背格好に全く思い当たらない。誰だ、誰だというのだ。 二人が体勢を変える。その時初めて人の方の顔が見えた。 愕然とした。 それは今ここに居る自分と同じ顔をしていた。 ヤタロウの使う技のひとつに紙の形代を作り出し敵への目くらましとして操る技がある。疑心風塵分身戯、それだ。 紙の形代程度なら自在に動かせる事は分かっている。 だが目の前のそれは完全な人の姿をした形代だった。人の形をし、ヤタロウの言うがままになる形代。その証拠に人の気配が全くしない。 人の使う式が更に使役する人形を作るなど聞いた事もないが、自分らの主が何らかの手心を加えたならば有り得るかもしれない。 ウツホ。妖怪をも操る人知を超えた者。 四大天の力も元々はこの主から貸し与えられたもの。その力を操るのに必要とあらばウツホは人形位直ぐにどうにかするだろう。 既に天流との戦いに敗れ力を失い今は別の場所で来るべき太平の時を待っている元闘神士、タイシン、ゼンジョウ。 彼らの闘神士だった頃の影さえもウツホは容易く作り出しそして式神と契約させた。だが所詮は妖怪と土と木片から練り上げた人形、その程度の物でしかない。 目の前のそれも恐らくまともな考えなど何も持ってはいない人形だろう。 ヤタロウが床に横たえている人間の姿。その形は自分に良く似ていた。 悪趣味な、と憤慨するのと同時に。何故か目を離せない自分が居た。 いや分かっている、自分が与える気力が足りていないのだ。だからヤタロウはこうやって喰うしかない。恐らく主たるウツホが気を込めたあの人形から。 ショウカクは口元を押さえる。 中からはひどく艶めかしい声が上がる。 肌に這わされる指の動きにあわせて肌が寝具の上で蠢く。 奇妙な声を上げて組み敷かれる人形をそれ以上見るのも煩わしく、ショウカクは気配を殺したまま無言でその場を去った。 手にはゆらゆらと火の灯る燭台。 空は曇り地に届く月明かりも乏しい、伏魔殿の中といえども昼も夜もある。 一人伏魔殿を歩いていたショウカクは帰ることを忘れたかのように歩き回った。点在している飛び地を端から端まで巡り、気が付くと既に夜が深くなっていた。 中庭沿いの廊下を燭台を手に歩くショウカクは人気の無い御殿を見渡す。 闇、ただ闇。 人など居ないというのにやけに広く作られた建物、かつての都の如く。 いつかこの場所が新たな都の中心となり人が行き交う、その為の場所。 しかし今は通う者無くしんと静まり返った長い渡り廊下。 不気味なくらい音の無い御殿。 色も失せ、音も無いその中。みしり、みしり、と。向こうから何者かが歩いてくる気配がした。 ショウカクは闇に目を凝らす。 闇の中明かりもなく歩いてくるそれは召使として作られた人形だろう、この屋敷内には何体もそんな影が居た。 幽鬼の類かと思うと薄気味悪いモノではあったが、居なければ居ないで困る。 夜の渡りの途中、互いに正面から近づいていく。 向かってくるその影。髪は無造作に後ろで束ねただけ、身には白い単と袴というある種の異様さを放つ姿。 不気味さを漂わせてゆらゆらと歩いてくるそれは、人が通ろうとしているというのに道の真中を譲ろうとはしない。 鬱陶しいが薄気味悪い物に関わりたくもない。ショウカクはその脇を通りすれ違おうと真中から一歩横に退いた。 その時、やっと相手に届いた手燭の薄明かりが相手の顔を舐めて気が付いた。 あの人形だった。ヤタロウと共に居た。 知らぬうちに眉を顰める。 一歩、また一歩と二つの影の距離が縮まる。 そして二人がすれ違おうとした時、厭に明るい灯が中庭を一瞬照らし出した。 みしり、みしりと床のたわむ音。 暗闇の中、閨に滑り込む白い影。 室の深奥に座すのは黒い姿の人でない者。 式神。 ゆらり、おぼつかない足取りの白衣の影。それは室の中で床に座り込む。 来い、と低く声をかけられて白い姿は再びゆっくりと立ち上がりぺたりぺたりと素足を床に置く。 式神の真ん前に立ち、そしてまた床に腰を下ろす。視線は空ろに床をさ迷う。 烏の式神の手、いつもは敵の姿を引き裂く爪が備えられた手。 今はそんな無粋な物は外され人と同じ只の手だ。 それの伸ばされた指先がすいと人影の頬の線をなぞる。 白い肌が軽く震えた。 目が利かぬ闇の中から伸びてくる手は、頸の後ろでひとつに束ねられていた髪の紐を解く。 次にその白い服を剥いで行く。肌が顕になる。 肌が空気の冷たさに触れる。 突然ぼうっ…、と部屋の隅に立っていた立ち燭台に灯が点った。 僅かな明かりが室の中に陰影を作り出す。 僅かに室内が見えるようになった中、烏の手が顎を軽く押して視線を自分に向かせるように移動させる。 黒い式神は、はだけている己の服の股間に相手の手を導く。 相手に触れさせる事で行為を促す。 「…………」 人の姿のそれは無言で成されるがままに白い手を動かす。 その目は空ろだった。 夜の渡りの途中、正体分からぬ人影とショウカクは互いに正面から近づいていた。 ショウカクはその脇を通りすれ違おうとした、だがその時気が付いた。 あの人形だった。ヤタロウと共に居た。 知らぬうちに眉を顰める。 一歩、また一歩と距離が縮まる。すると髪や服が些か乱れているのが分かった。 真横というほどの距離になり手元の灯が泥人形の顔を照らし出す。 にたり。 揺れた灯の加減か、それとも真実そうだったのかは分からない。 だがショウカクの目には、人形が自分を見て顔を哂うかのように歪ませた、そう映った。 途端、ショウカクは訳も分からず激昂する。 一瞬だった。 懐から掴み出した符を人形の額に押し当て何事か呟いた途端、それは鈍い音と共に大きく火を放つ。 瞬間、照らし出される中庭。そして残ったのは廊下を焦がした炎の残照と木と紙の破片。 それは人形の成れの果て、あの人影を形作っていた物だ。 息を荒げてそれを見おろすショウカク。 ふと我に返る。自分は何をした、何をしている。そしてこれを無くしてしまったらヤタロウはどうなる。 ショウカクの震える手。手燭の灯明が風に煽られて弱くなり、消えた。 相手の指で執拗に敏感な穴を弄られて、漏れ出しそうになる声を必死で押し殺す。 息苦しくなるほど咥えさせられた肉の塊は口腔の中でびくびくと脈打っている。 何かの香油か、それとも薬でも混ざっているのか。ぬるぬるとした液を身体の入り口に、内側に塗り込められる度にどうしようもなく身体が昂ぶって意識が弾けそうになる。 息が苦しい。 口の中を犯す肉は硬く膨らみ今にも弾けそうに熱い。 こんな事をされていたのだと、こんなもので貫かれていたのだとあの空ろな目をした人形のことが一瞬頭を過ぎる、 ずるり、指も肉も取り上げられてショウカクは夜具の上で大きく息をつく。 内股が震えていた。 「腰をこっちを向けろ」 命令、だ。 人形に向けられる何の感情も無い言葉。 床の上で膝を折り背を丸くするとそのまま後ろをヤタロウに向ける。 「自分で広げるんだ」 途端、今まで以上に顔が赤くなるのを感じた。何処をかは分かっている。 恥辱を求める姿。求めろと命じられる。 そんな事は、と自分の中で何かが否定する。 だがショウカクは空ろな目で言われたままに脚を開き腰を持ち上げ、そして手で尻の双丘を割り、その奥の見られないまま弄られていた場所を相手の目に晒した。 人形のように従順に、仕方が無いのだと言い訳を繰り返して。 ぞっとするような長い時間、それともほんの一瞬。 その姿を眺め回されてショウカクは全身に怖気が走る。 それともそれは訳の分からない発熱か。 見せ付けた肌に熱い塊を押し当てられて再び怖気が走る。しかしそれは恐れよりも訳の分からない熱を身体にまき散らす。爪先まで余すところ無く。 ぐっと肉を開かれる。 「!」 軽く意識が霞む。 沈み込んでくる熱い肉。 「………ァ………」 唇を咬み声を押される。 指で開いた場所、その中心を相手の欲望で蹂躙されていく。入る場所ではない、閉じている肉壁を押し割って無理矢理硬い肉塊が貫いていく。 頭が熱い、肌が燃えるようだった。 指先が震えて己の肌に爪を立てる。 隠す場所はもう何処も無い。全部挿れられで、深い場所までその身体で触れられて全身が羞恥に震える。そして締め付ける。 自分を辱める憎いその欲望を。 密着していた腰がゆっくりと離れる。膨らんだ質量に中を弄られる感触に意識を持っていかれそうになる。 肉の輪がヤタロウを締め付ける。 再び奥まで突かれる。 「ッっ!」 震える。背も肉も。 そしてぴっちりとヤタロウを咥え込む。 「ア………ぁ……ぁぁぁ…………」 溜息と共に声が漏れる。焦らすようなゆっくりとした動きが苦しい。内側を犯される感触がどうしようもなく苦しくて声が上がる。 これ以上焦らされたら身体が燃えて死んでしまうと思う位脈が速く打っていた。 「!………ア………ッ!」 繰り返される抽送。緩くされて力が抜けた所に深くまで突き立てられ、浅い場所で動かされたと思うと抜きそうにして焦らされたり。 力が絞られていく。 熱にされてそのまま吸い取られていく。 冷えた肌にまた熱が浮かび、そして意識が混沌とする。意識を全て失いそうなのに、何度でも浅く達しては引き戻される。 ヤタロウを包み込む。 背を走る熱を全て受け止めたい。 「………………欲しいか?」 意識が不明瞭なままその言葉を聞く。 ショウカクは顎を引いて頷き目を閉じる。流れた涙を無骨な手が拭った。 早くなった動きの中で今まで以上の痺れを感じた。 そして深くを大きく突く動き。 「――――ッ!」 声を殺そうと唇を噛むが性器からは濁液が漏れる。腰を振りながら何度も垂れる。 そして今まで以上に強く締め付けてき肉壁に獣精が叩きつけられる。 「はっ!ア………ぁ……………ッ!」 悲鳴に似た声と共に白い肌が紅に染まりショウカクは全身を痙攣させる。 「熱…………い…………」 焦点の定まらない緑の瞳からはらはらと涙が落ち、そして崩れ落ちた。 ぞくり、ぞくりと震える身体をヤタロウの手が抱き起こしそのまま抱きしめた。 「全く、精を吐き出してしまっては意味が無いのだぞ……………………」 だがその声は怒ったり呆れたりするものではなく、何時もとは違う何処か優しげな響きを含んでいた。 ショウカクにその声が届いていたのかは分からなかったが。 悪戯を隠そうとする童かお前は、とヤタロウは言った。 「どうしようという訳ではなかった。ただ気が付いたらそうしていた」 ショウカクは不貞て答える。 人と人形の区別くらい気配で直ぐ分かる。気の通された人形であっても触れれば肌の温度で尚更よく分かる。 暖かな人の肌。闇に溶け込まない白さ。 最初から分かっていて、それでいてからかうかのようにそのまま精を喰らったヤタロウにも非が無い訳ではない。 「それで、どうするのだ」 単を無造作に羽織り胡坐姿でヤタロウを見据えるショウカク。原因を作ったのは自分だというのにそんな事には構う様子も無くヤタロウに解決案を求める。 「既に気力の大半は回復している。後は――――妖怪を狩り集め気力の代わりとして喰らう事位、出来る。……あまり好きではないがな」 「何故だ」 ショウカクは問う。 「不味い」 「……………………」 返す言葉も無かった。 「それに―――――」 ヤタロウは言葉を飲み込んだ。 一層人と交われないものになる、人の恐れるモノに近づいていく。 ショウカクが眠る間、細々とそうやって生き長らえて来た。この世界に残るために。 人形から精を喰らっていたのもあまり知られたい事ではなかった。 言葉を消したヤタロウにショウカクは少し不審気に表情を変えたがそれは気取られないようにして言った。 「仕方ない。また気力を……喰ってもいいぞ」 そう言って正面のヤタロウから視線を外すショウカク。自分からなら、とは言葉にして言わないが態度からありありと伺える。 暫し流れる沈黙。 後、ヤタロウは少し笑いながら言った。 「足りなくなったら……その時に考えさせてもらう」 言い終わって笑いが堪えられなくなったのか、ヤタロウは心底可笑しそうに笑った。ただその声が低く押し殺したような声で、爽やかに笑い飛ばすとかいう風情とは程遠いものだったのでショウカクにとっては何とも解せないものだった。 何が可笑しいのか、とショウカクは憮然としたが、力の抜けた全身は言うことを聞かず、動けるようになるまで今夜はここで休むしかなかった。 様々な件の言い訳は後で考えよう。 ヤタロウに抱き寄せられるとショウカクはとても眠そうに欠伸をして、その胸に身体を預けた。 触れられる、その眠りを守るのは悪くは無い。 ヤタロウは何処かでそう思いながらショウカクの寝顔を見守った。 |