降花








 降ってくる、白い花。





 山道を駆けていた、月が奇麗な夜。
 まるい月は獣しか通わぬ細道を照らしだして行こうとしている道を示す。
 人通わぬ深山、その奥の奥。隠れ里から離れてどれほどの時間経っただろう。そこへ、帰れる。
 しばらく一人で遠出の狩りに出てくるとうそぶいて残してきた懐かしい顔達が頭を過ぎる。
 胸が踊っていた。
 駆ける足に胸弾かれてだけでなく、心が。
 獣の潜む山の夜道も構わず駆ける。
 怖いものも、恐ろしいものも、もう何も無いのだと。皆、安心して暮らせると知らせる事が出来る。
 それが自分が出来る恩返しだと。やっとあの笑顔達に返す事が出来たと。




 深い深い山の奥に、この世のものとは思えない美しい邑があった。
 春夏秋冬、都では皆忘れていた物がそこにあった。
 都を追われ、さ迷い、息絶えそうになった時に救われて辿り付いた仙境。
 そこは美しかった。自然も、人の心も。
 ある時ぽつりと自分の傍らに座る娘が呟いた。
「里の外は今どうなっているのでしょうか。近頃この里にたどり着く人は皆息も絶えんばかりの様子。私達が追われてここに辿り付いたように、いつかまた追われる時が来るのでしょうか―――」
 その里に暮らす者達は皆、自分と同じように生まれた土地を捨て、追われ、辿り付いた者たちだった。
 自分が眉を顰めたのを見て娘は言った。
「だけどウツホ様が居ればそんな事は心配しなくても―――」
 そして彼女は微笑み自分の名を呼んだ。
「ね、タイザン」
 その通りだな、と笑みを返した。
 都でよく返していた上辺だけの笑顔を。

 何者かは分からなかったがウツホという不思議な力持つ少年が居て。式神や人々の願いを受けてこの隠れ里を作ったか、人が自然に集まったか、とにかくこの里はそうやって出来たらしい。
 この場所に流れ着く者が日に日に増えていた。
 戦禍が近いのか、噂でも流れているのか。
 辿り付いた者は涙を流して喜びその後心安らかに暮らしていたが、いつかそうは行かなくなると都の真暗い場所に暮らしていた故にか気にかかって仕方無かった。
 来る者達を何の裏表無く受け入れる人々。
「この、私も―――」
 タイザンは己の手を見る。
 この里は何もかも美しい、それゆえにいつか取り返しの付かないことが起こるのではないかと、そればかり心配するようになっていた。
 この里の主であるウツホはどんなに大きな力を持っていても人を傷つけ争う事には使わない。タイザンはその事を分かっていた。
 きっと傷付けられ逃げる一方だろう、もしその日が来たならば。
 踏み躙られて泣き、またどこか次の場所へ逃れる。それだけだろう。



 どうしたの、と娘はタイザンの手を握る。
「何でもない、ウスベニ――――――――」
 それは、もうすぐ冬になろうという季節の事だった。



 寒くなる前にこの辺りの山の中を巡ってみたいと言って里を出た。
 吐きそうなほど澱んだ都の空気を再び吸うことになるとは思わなかった。
「お耳に入れたい話があるのです。必ずや貴方様の得に―――――」
「その話が本当ならば――――して、お前の望みは何だ」
「はっ、その里を私に領地としてお与えください」
「―――――真の話ならそれも良かろう。先ずは本当かどうか示して見せるがいい」
 その権力者からウツホへの手紙を預かった。

 夜の山道を行く者にすら何事も無い。獣すら大人しく暮らす隠れ里。
 夜通し森を駆け明け方に里に戻ったタイザンはウツホにその手紙を渡した。
 私は都の字はよく読めないや、と。無邪気に笑う少年に読んで聞かせる。
「都の周りは長い戦いの為に土地が痩せ木々は枯れ作物も育たない有様。今年は特に不作で民は税も納められず明日の食べ物にも困っております。なにとぞウツホ様の御力で土地に実りを――――」
「つまりタイザン、都の人々が食べ物が無くて困っているから助けて欲しいという事なのだな」
「はい」
「よし、山の上に行こう」
『ではあっしの出番ですかい?』
 ウツホと四大天の力に満ちた里の中では式が現界するのも自由。今までどこかで黙って話を聞いていたタイザンの式神、オニシバが姿を現した。
「オニシバ……頼む」
 タイザンは笑う。
 ウツホはひらリ着物の裾を翻すと青い空にふわり舞い上がる。その後ろをタイザンを抱きかかえたオニシバが駆ける。俊足を誇る式神のオニシバですら見失いそうなくらいの速さでウツホはひらりひらり飛び跳ねていく。小さな靴が地を蹴ると身体は宙に舞い上がり白い姿がくるりと回る。その姿を見て遠くから子供たちが手を振る。大人は頭を下げる。
 この里ではもう稲を刈り終わって土だらけの畑が広がっている。今は稲藁を組み木に積んで干していた。
「――――――都では」
 タイザンは呟く。
「ん?何か言いましたかい?」
 オニシバは聞き返す。
「いや――――何でもない」
 周囲を全て見渡せるほど高い山の上。
 人好きする笑顔の子供は何疑うことなく口の中で何かを唱え始める。
 遠くに向かって微笑む。
 くるり、振り返ってウツホは言った。
「さ、タイザン帰ろう」
「え?もういいんですか?」
 あまりの呆気なさについ口を付いて出たが自分でも間の抜けた声だと思った。
「うん、きっと今頃都の周りでは花が咲いて、虫が飛んで、稲が実って………。みんな喜んでくれるかなぁ?」
 再び人懐っこい笑顔。
「――――――きっと、皆喜んでますよ」
 タイザンは答えた。
 都では稲を刈る光景の代わりに、飢えて力尽きた人々が道端に倒れていた。
 あれら全てを救う事が出来たのか、出来るのか。
 畑は長く耕された事が無いような固い土だった。水は乾いた土地に吸い込まれるだけだった。
「――――――」
 それらを救って見せれば誰もが私の言っていることを信じるだろう。その力を自由に使わせる代わりに私はこの一帯を領地として治め、何者にも踏み入れられないようにする。
 いつか来るかもしれぬ争いから隠れるのではなく、踏み躙る事を許さないように都の理屈を、力を使う。
 そうすればもう何も心配する事など無い。それが出来ると信じていた。



 それから少しして。約束していた日時に山を降りると都からの使者という人物が来ていた。相手は丁重に会釈をすると。
「都の周りは春の陽気、夏の日差し、秋の実りが一夜にして訪れ飢えた人々も数多く救われました。それゆえにウツホ様に感謝の儀を奉りたいと都から我ら参上仕りました」
 そして数十人の神楽師を連れてきていると言った。

「謀ったな!何故!何故にだ!」
 タイザンの声が響く。
「このような場所から都に怪事を起こせるとは妖の類に違いないと諸大臣殿は考えられたのだ。妖から力を奪い相応しい場所へ封じてくれようぞ!ぬしら全て封じる事が我らの受けた命!」
 人の畏れや疑いの心は自分達を脅かす力が存在する事を許さなかったのだ。もし都を焼く気になったならば、もしも権力を欲しがったなら。
 大きな力あるものが権力に関わり無く平穏に暮らす事のみを望むという、その事を信じられなかったのだ。いつか必ず都を奪いに来るだろう、平民達の心を掴んだ自分達の権力の外に要る者は邪魔でしかない。そんな怖れがウツホを討伐する愚行へと駆り立てた。
 都から来た神楽を舞う陰陽師……いや、闘神士達は、神事と称してウツホを封じ、里を焼き、無抵抗の人々を地の底に封じ、二度と戻れないようにウツホが妖怪達を逃がした『伏魔殿』へ、封印の土地を、里を、飛ばした。
 ウツホが持っていた四大天の力を封じた神像も又伏魔殿の何処かへと送った。

 辛くも里から逃げ延びた者達の中には式神を従えた者も居た。
 大きな黒い鳥が逃げる人々を先導していた。
 その後二百年の後に都を焼く恨みを抱いて。



 神流と名付けられた隠れ里の子孫達は自分達の先祖の封印を解こうと戦った。だが念願叶わず伏魔殿の各所に作られた社に封印されたのだという。
 それを知ったのは全てが過ぎ去った後だった。あの日から二百年余り過ぎていた。
 そしてウツホの封印を解く術を持つ天流宗家はもう居なかった。時渡りの秘術により遥か先の時代へと落ち延びたのだという。
 それは千年、気が遠くなるほど先の時。
「里にやってきたあいつらさえ居なければ!姉上も!ウツホ様も!」
 その事を語るガシンは、目の前の自分がした事については何も知らないままだった。
 その者達を呼び込んでしまったのは他の誰でもない、自分なのだ。
 ガシンは過去の出来事を悔いる天流の宗家筋により自分の封印が解かれた後に知ったこと、聞いたこと、全てを語り、天流と地流を激しく罵った。絶望に蝕まれたガシンの顔からは笑顔が消え、手の届かなくなってしまったものの大きさにただ泣き喚くしかできなくなっていた。
 こんな余りにも取り返しの付かない結果を突きつけられて絶望し、そして悟る。
 自分は幼かったのだ。
 いつか起こるかもしれない厄災を避けようとした筈だったのに。己を過信し、分かっていた筈の澱んだ深い泥、都に巣食う謀略や姦計、疑う心、人間達の業の深さを見抜けなかった。
 いや、業が深いのは自分だ。皆を守る為と美しい言葉で誤魔化して目を閉じていたが、結局は自分も都の汚れから抜け出せず、自分しか知らぬこの力を使えば権力を掴めるかもしれぬという心の暗い部分からの誘惑もあっただろう。
 そんな幻に浮かれて、だから薄汚れたあんな計略すら見抜けずに全てを失った。
 己の全てではない。全てを、この身以外全ての人々、その笑顔を。
「タイザン――――――」
 そう嬉しそうに自分の名を呼ぶ娘の幻。その花のような微笑みも時の彼方に消え失せた。
 何でもしようと。何でもしてやると唇を噛み歯を食いしばった。




 そう誓った、と。
 ひとひら降りてきた花弁と共に思い出す。




 ガシンに向き合い言い放つ。
「ならばウツホを殺せばいい――――俺とお前なら奴に勝てる」
 もう二度と失敗は許されなかった。
 自分にはこうする事しか出来ない。何度考えても自分に相応しい、己が信じられるやり方とはこれしかなかった。
 今度はもっとうまくやる。
 現に周到に準備を重ね地流に入り込み思うままに事を運び、内側から切り崩すのも上手く行ったのではなかったか。
 世界が作り変えられる。後は利用し不要になったものを片付けるのみ。その為には力が要る、協力者が要る。ウツホが何故か恐れる力を持つ者の一人、ガシンの力が。
 出来る。
 ウツホを倒すこと。
「答えは―――言うまでも無く分かっているはずだ」
 しかしタイザンの願いにガシンはそう答えた。
「ならば――式神降神!」
 神操機を振り下ろす。
 本当は戦う事になると分かっていた。
 愚かで、真っ直ぐなあの里の人々の姿が脳裏を過ぎる。
 ガシンはあの頃のまま、全く変わらない。
 そして、自分も変われなかったのだ。




 またひとつ降ってくる、白い花。




 命を削る手段を取ってでも掴まなくてはいけない結果がある。
 地流宗家―――ミカヅチ。奴は偽の宗家であったがその覚悟だけは何よりも本物だったと、敵ではあったが賞賛に値すると思っている。尤も、選んだ手段、その術法によって奴は最終的には我ら神流に取り込まれ身を滅ぼしたのだが。
 奇麗事だけでは多くの人間を背負えない、奴はその事も十分に理解していた。だからこそ命を削ってでも圧倒的な力を欲した。
 身を汚す事、強い力、それが持てなかった愚か者の末路は何時の時代でも同じだ。二百年、そして千年経ても変わる事無い人の愚かさ。
 力が必要だった。



 ――――――もうすぐ、雪が降るわ。

 そう言って空を見上げた娘の横顔。
「雪は嫌いか?」
「寒いけど、まるで花弁みたいでとっても綺麗。それに貴方の式神は霜花だもの。一緒に居る今年は」

 きっと、とても――――――――――。

 笑顔。あの里。
 一緒に白い花を見ようと無邪気に笑っていたあの頃の約束。
 あの場所に居た全ての人々。



 熱い、身体が。息をする度に胸が焼けそうだ。
 細い視界に白い花が降って来る。
 思い出す、思い出す沢山の事を。
 乾ききった唇に落ちる冷たい花弁。
 瞼を開くと映るのは一面の灰色の空。
 倒れたのだ、自らの身体を支える事すら出来なくなって。
 そして見ていたのは一瞬の白昼夢。
 全て夢。
 そうなら、良かった。






 鼻を突く吐き気を催すような異臭と、崩れ落ちた身体を助け起こそうとして触れたときの尋常ではない苦しみ方に不安を感じてガシンはタイザンの上衣を剥いだ。
「……ッ!」
 思わず目を背けたくなるような有様だった。
 ぐずぐずと灼けた肌。胸に幾重にも貼り付けられた呪符の下から焼け爛れた肌が覗く。その下から這い出し全身に絡みつく蛇のような痕。それはタイザンを握り潰そうとする歪んだ力が全身を這った跡だ。
 その中でも一際はっきりと胸から右腕へ伸びる術紋。力がその場所を通るように自らの手で彫り込んだであろう黒い文字。
 マサオミには思い当たるものがあった。
 闘神石。
 天流は伏魔殿に満ちる四大天の恵みを集めるため作物を育てる偽りの土地を作る必要があった。その土地の核としたもの、それが闘神石だった。闘神石は数十人、数百人もの呪力に相当する力を持つ秘石、その製法は天流が衰退した今では失われて久しい。
 戦いに用いれば、式神に用いれば術者の力に関係なく大降神すら起こすのも容易い。地流はその力を利用しようと研究を進め神操機にチップという形で組み込もうとしたが、開発途中での技術部部長オオスミの失策、続いて地流組織が崩壊した事により計画は立ち消え失敗したはずだった。
 だが混乱に乗じてタイザンは闘神石やその資料を持ち出していた。
 式神に直接使っても、神操機に組み込んでも結局は失敗だった。ならば闘神士の肉体を触媒とし取り出した力を神操機に送る、それがタイザンが導き出した結論だった。
 しかしもう今は近代技術によってリスクを少なくする為の方法を探る事は出来ない。
 そのままの闘神石の力は人間の身体も蝕み異形に変えようとする。妖怪から作られた泥人形は瞬時に土くれに還った。
 そこまで知っているガシンには一目で分かった。
 意識を保ったまま力を使うために、タイザンが採ったのは闘神石に蝕まれ腐り落ちていく体組織を炎熱の呪符で焼灼することによって侵食を止めるという、余りにも乱暴で無謀なやり方だった。
「お前……っ!何故こんな事を…自分の命を削ってまで式神に力を…!そこまでして一体……!」




 雪の花が舞い降りてくる。




 全て己が引き起こしたのならば、己が身の全てをもって贖う。
 自らの所業の所為で悪鬼と化したウツホを倒すこと。封じられた人々を救い出すこと。
 その為にはこんなやり方しか出来なかった。
 遠い場所。
 忘れた事など無いあの場所は今はもう思い出すことすら出来はしない。
 それでも時折見る夢は野を駆け瀬を渡り追いかける笑顔のイメージだけが頭の中で木霊する。
 ―――そしてそこに立つ自分は子供の姿で。
 全て消え果てしまうのだ。あの日々も、笑顔も。
 愛したもの全て。
 愛した記憶、愛された記憶、自分を支えてきた全てのもの。
 そして残るのは都でのあの乾いた日々。
 それが相応しい、己の罪には。分かっている。
 だけど。
「……………」
 手放したくない。強欲で、利己的で、どうしようもなく愚かな自分。
 どんなことをしてでも失いたくない。
 弱い、自分。
「あの頃の安らぎに………偽りは……無い……………………」
 本当はガシンに断られたあの瞬間に結末は決していた。
 しかし走り続ける事しか出来なかった。己の選んだ道を。




 雪は白い。白くて美しくて儚い。
 時が来れば全て消えてしまう。まるで全てが幻だったかのように。




 槍に貫かれ、周囲に散らばった鮮血の臭気。
 その中心で地に横たわる式神の口から静かな声が漏れた。
「旦那――――悪いがお別れだ」
 本当は上手く行くはずがないと分かっていた。だが止めなかった。
 あの時も、今も。
 最初の間違い。あれほど酷い結果になるとはオニシバにも想像できなかったのだ。
 いざとなったらどうにか出来るだろうと、その程度に思っていた。
 人の業の深さを読みきれなかった。
「………すまぬ、オニシバ――――――」
 止めなかったが為に負ってしまったもの。それを一緒に負って来たこの長い時間。
 少しは、楽にさせる事が出来たのだろうか。
「アンタと歩いてきた道に―――――花は、咲いていやしたぜ」
 タイザンに別れを告げたその式神の姿と名は淡い光になって空に消え去る。
 還っていく様を最後まで見送るとがくりと崩れ落ちる体。
「タイザン!」
 オニシバを失ったタイザンにガシンは駆け寄る。
「――――タイザン」
 意識の無いタイザンはひどく幼い表情をしていた。千二百年の記憶全てを持っていかれたのだ。再び目が覚めたとしても、もうそこに自分の知っているタイザンは恐らく存在しない。
「………………」
 報い、だとしたら。
 何のだろう。
 自分も、そして恐らく姉上も、タイザンの事を恨みはしないだろう。
 一番最初に浮かんでくる感情、それは悲しみ。
 ただ悲しかった。言いようもなく。
 本当に必要だったのだろうか、悪を背負う存在が。
 いや、年経た身で奇麗事ばかりを信じられはしないし、かつてショウカク達が自分達を救おうとして都を焼いた事、タイザンが地流の中で動き同じように滅ぼした事、………自分はそれを間違いないと信じていた。自分は手を汚していないだけで。
「っ…………」
 何が、何を、おかしくしてしまったのだろう。何が狂ってしまったのだろう。
 かつてあんなに笑いあっていたウツホも、タイザンも、何故敵となって戦っているのだろう。
「ガシン――――」
 俯くガシンの傍らにキバチヨが寄り添う。
「キバチヨ……………止めないといけない」
 どうしてこうなってしまったのかは分からない。ただ分かるのは止めなくてはいけないという事。
 悲しみを止めるために、間違った事を止めさせなければならない。
 あの頃の、あの笑顔を取り戻すために。
「キバチヨ、ウツホを止めに行こう――――」
 ともすれば悲しみに囚われ泣き崩れそうな己の心を叱りつけガシンは言った。
「ああ!」
 キバチヨは躊躇うことなく応じた。


 ガシンはタイザンの頭を抱き呟く。
「お前の望んでいた夢を…………俺は持っていく」
 妖から身を守れるように、意識の無いタイザンを横たえた石室に結界を張ると二人は駆け出した。
 偽りの都があった場所へ。
 今はそう、リクがウツホと戦っているであろうその場所へ。



 まだ降り止まぬ雪が戦いの傷跡を覆い隠すように空から降っていた。
 舞う雪は美しく、地に落ちる雪は花の季節を思わせた。全ての悲しみも罪も許すかのようにただ白かった。
 けれども、この光景を見る者はもう誰も居ない。

















降花